タコノキ

実がなる

献血の楽しみ

外に出たら雨が降り出した。最近暖かいと思ったら急に寒くなる。冷たい風を浴びながら歩いていると駅に着いた。
ホームに入ると雨が電車のあたまを叩いている。空には雲が立ち込めてしばらく止む気もないという。
献血に来た。街頭で赤十字の人が呼び込みをしていたし、どこも行くところがなかったからだ。時間のあるかた是非、と呼ばれたので、時間があるから行くことにした。
別にどこにも行きたくないのだ。なら、求められるとおりに献血ルームへ行き、快適な部屋で、言われるとおりに身体を動かして針を刺されて血を抜かれれば、人のためになるのだから、そうしたほうがいい。
ここで献血は何度もしたことがあるし、わざわざ聞くまでもないのだが、
「全血ってまだ受付やってますか」
と、街頭のお兄さんに声をかける。これはせっかく呼び込みをしてるんだから、その呼びかけに反応して今から献血ルームへ吸い込まれる人間がここにいる、その甲斐を感じて欲しいなんて思ったからだ。
余計である。まあ、わかっている。
献血ルームでは血を抜かれる前に体調を聞かれ、その他問診がいくつかある。あと、水分は十分取ったかと、これは念入りに聞かれる。全血400mlの提供なら、その血に含まれるだけの水分が体から抜けるわけであるから、ということだ。
おれは備え付けの紙カップ飲料機で水とお湯を手にして、それらを混ぜてぬるま湯にし、すばやくカップ2杯分の水分を摂取する。献血ルームにおけるひとつの水分補給のテクニックである。
繁華街のど真ん中の献血ルームはふだん、休日はそれなりにいつも人がいて、問診などは5分くらい待つこともあるのだが、週の半ばの半端な休み、献血に行こうという人も少ないので、何の待ち時間もなくベッドへ横になった。
なるべく左腕でやってほしいとたのんだので、左腕の肘の裏が手際よく消毒される。チクッとしますよーの声と共に慎重に針が刺される。相変わらずおれはこの瞬間そっちを向いていられないほど針が苦手なのだが、痛み自体は大したことはない。
血を抜かれているあいだ、左肘の裏に針を感じながら足首をモニョモニョ動かして血流をよくする。これもスムーズに血をとるためだと以前教えてもらったので、言われる前にやり始める。
血が半透明のチューブを通って何らかの機械に向かってゆく。血が400ml出るなどただ事ではないのに、それをボケーっとのんびり眺めている。ちょっと楽しい。
血を抜かれるのはただ事ではないので、そこにいる医師看護師赤十字のみなさんは常に真剣で、手際よく、戸惑うことひとつたりとてなく、十分な訓練を経てきたのだろう彼らに、おれはただ身を任せてハイ、ハイ、ありがとうございます、と言っている。ちょっと楽しい。
血を抜き終わると必ず20分はここでゆっくり休むように、と伝えられる。そのお供にアイスクリーム、クッキー、せんべい、紙カップ飲料機の飲み物がいただけるわけである。
ゆっくり休めと言われたからには、ゆっくり休んでゆっくりアイスを食い、あったかいものを飲み、棚にあったハンターハンターの適当な巻を読むほかない。なににも遠慮なくゆっくりできる。何せ400ml血がなくなったのだ。水分等々補いながらゆっくりせねば具合が悪くなってしまうかもしれない。
ようは、この20分間だけは、小学生の時に、わずかばかりの熱を出して、全然ヘーキだけど学校休んでハンターハンター読んで、アイス食べてたあのときとだいたい同じ気分になれるわけである。
小学生ハンタ読まんかな。おれは読んでた。天空闘技場はおもろかったけど、次のヨークシン編は全然話わからんかった。でもゼパイルの贋作講義は超ワクワクした。どうでもいいな。
何もしたくないときってのは、自分で自分の身体を動かすのがヤになる。動きたくないので家でゴロゴロする。ここで眠れればよいかもしれないが、眠れもしないとただただ退屈で、もっと動きたくなくなる。
そういうときにはいっそ献血にでも行ってみるとよい。信頼に足る技術をもった人々に身体を預けて、水を飲んだだけで医療に貢献できる。そして血を抜かれ終われば、ただの退屈な休みは、たちまち学校を休んだあの感じ(いまいち共感し得ぬ方は『ちびまる子ちゃん』のまる子が学校を休んだ回をご参照いただきたい)に変わるわけである。
何十回か献血をすると国だか赤十字だかから立派な杯を授かるらしい。それが欲しい。

帰りがけ、スーパーに寄って買い物をして野菜やら何やらで重いカゴを持ち歩いたらちょっと具合が悪くなった。やはり休まねばならない。
今日は残り一日、のんびりしてよいわけである。